家主さんに会いにいく。vol2.メゾン大山

家主さんを知れば、物件の魅力もみえてくる。
物件のこと、町のこと、お仕事のことなど、いろいろお聞きしてみましょう♪

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vol.2 メゾン大山
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疏水と叡電が交差する、一乗寺払殿町の一角。
メゾン大山・サンライズ大山が立つこの地の物語、
それは、一乗寺の、左京区の、京都の歩みでもありました。


友禅染めの工場時代

時は戦時下、香川高松で軍需工場をされていた大山さんのご両親が、京都に支所を持つためにやって来られたのがここ、一乗寺でした。全く知り合いもいない土地に親戚二家族だけで出てきた大山家。戦後の動乱期には、物騒なことも多く、用心棒として元将校などの軍人さんに来てもらっていたとか。

大山家が来る前から何かしらの工場だったようです。(近代京都オーバーレイマップ 京都市都市計画基本図(大正11年))

戦争が終わり、次に大山一家が始めたのは「うどん製造」。さすがは高松のご出身、やはり「うどん」なのですね…!小学校の給食などにも使われていたそうですよ。
とはいえ、もちろんここは京都。高野川が近いこの一帯には、友禅染めの工場(こうば)がたくさんありました。
大山家もうどん製造に加え、染めの仕事を開始。戦後から高度経済成長期にさしかかり、着物の生産は増加。染めの方が儲かるということで、染工場を専業とすることに。

「サラシ工場」が密集。周辺にはさらにたくさんの工場が確認できました。(近代京都オーバーレイマップより 京都市明細図(昭和26年))

昭和26年(1951)の地図を見ると、一乗寺のこの界隈には友禅や友仙、サラシ工場の文字が本当にたくさん!

染色の工程の中でも、蒸し・流しの作業は特に力仕事で、このあたりには筋骨隆々の男たちがたくさん闊歩していたそうな。辛いもの食べて、肉食べて、体力を回復させて。韓国料理や焼き肉店が点在している一乗寺の町のルーツでもありそうですね。


高度経済成長後の激動期


生産ピークにあった着物産業が傾きだしたのは、昭和40年代の後半。自然の川での友禅流しが公害問題となり、昭和46年(1971)には河川での流しが禁止に。さらに、オイルショックで原料費が高騰…。染めに残る糊を処分するための焼却設備が必要だけど、投資をしても採算が合わないという事態になりました。

そこで、苦肉の策として、従業員の宿舎を予備校生さん向けの下宿に転用。いざはじめてみると、ふるまうのが大好きだったお母さま、毎週末、学生さんたちに食事を用意して。その日には学生さんたちがみんな集まり、にぎやかだったそうです。

敷地の真ん中が畑で、囲むように工場や宿舎があったそうです。

しかし、そこに追い打ちで第二次オイルショックがやってくると、これはもうやっていられないと染工場は閉業に。工場も、学生さんの下宿もやめて、新たにはじめたのは「ガレージ」。近くのスーパー(現在ドラックユタカ一乗寺店になっている場所。その2階は映画館「京一会館」でした)の提携駐車場として運営を開始。しかし「ガレージ」が儲かったのも束の間で、バブルに突入し固定資産税が膨れ上がり、ガレージではとてもやっていけない状況に…。

そうしてついに、賃貸物件を建てることになりました。

「メゾン大山」昭和59年(1984)竣工。
「サンライズ大山」昭和61年(1986)竣工。

大山さんと岡村部長とは、サンライズ大山新築時からのお付き合い。おふたりはなんと、産大の同級生だそうです。

当時は、賃貸の部屋数が需要に追い付いておらず、来年の4月の募集が夏のうちには決まってしまうのが当たり前、礼金15万や更新料2ヶ月も当たり前という時代。中には、礼金のために、早く退去(回転)するよう押し入れをつくらないなど、わざと不便にしておくような物件もあったそうです。すさまじい時代ですね…。

京都では、大山さんと同じく、染関係の工場から賃貸、大家業へ転業されたお家は多く、2度続いたオイルショックのタイミングはそれぞれ、京都の第一次、第二次マンションブームと重なります。


大家業のこと


フラットエージェンシーとの出会いは、もうしばらく経ってから、インターネット回線・MFS(マイフラッツ)の導入がきっかけでした。新築当時、人気設備だった「ピンク電話」からはじまり、固定電話、そしてインターネットへ。通信・情報関係の進化は本当に早く、めまぐるしいと大山さん。それでも時代に合わせて導入してこられました。

今後もどんどん変わるだろうし、いずれ建てかえる時のためにも、新しい取り組みをもっと知りたいと、先を見据えておられます。

事務所にはご自身で彫られた仏さまも。

大山さんの事務所には「占い」関連の本がたくさん。その道については、かなりお詳しいようです。風水や方位の良し悪しなど、信じる信じないはひとまずおいておいて、そういうことに関して、家主さんがよく理解していらっしゃるのはとても心強いですね。
メゾン大山、サンライズ大山、それぞれの物件のエントランスには、2枚のお札が貼られています。どちらも、厄除けのお札とのこと。

比叡山横川の角大使護符。
吉田神社厄神祭のお札。

毎年お参りして、お札をもらい、設置して。その行為自体、そこに「想い」があるからこそ、意味や力を持つもの。どんな設備やサービスにも代えがたい、精神的な安心感。

大山さんの事務所にも角大使のお札が。

入居者さんの緊急時や、入居時の鍵渡し、退去時の立会いなど、入居者さんへの対応をご自身でされている大山さん。ついこの前も、けがをした入居者の学生さんを病院に連れていったとか。コロナ禍のさなか、外来で診てもらえるまでなかなか大変だったと。あらためて、大家さんの存在ってとても大きい…!と痛感しました。見ず知らずの土地での新生活、頼もしい大家さんがいらっしゃるだけでどれだけ心強いことか。

大山さんのお人柄がうかがえる、こんなエピソードもお聞きしました。

このお話以外にも、きっと今までに色々なことがあったのでしょうね。

さて、そんな素敵な家主さん、大山さんの物件、サンライズ大山は現在満室、メゾン大山が3室募集中です。

【メゾン大山】
■ネット無料(U-COM光:U-NEXTの無料サービスなども利用可)
■共用ランドリー(無料)、 共用乾燥機(100円/40分)
■ゴミ民間回収(毎日)
■【105号室】冷蔵庫、机、椅子、カーテン、照明器具付き

▽詳細はこちら
103 https://flat.chintai-kyoto.jp/rent/902000000001832466/
105 https://flat.chintai-kyoto.jp/rent/902000000001830704/
305(7月空き予定)https://flat.chintai-kyoto.jp/rent/902000000001832465/

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色々なお話をお聞きでき、一乗寺や左京エリアの歴史も学ばせて頂きました。取材に応じていただき、ありがとうございました*